「社長はこうあるべき」という呪縛から解放された、町工場経営者の静かな革命
- 三木康司

- 9月4日
- 読了時間: 6分

「このままでいいのか?」 昭和な社長室で抱えた深いもやもや
岐阜県関市で金属加工業を営む早川工業。代表取締役の大野雅孝さんは、2009年に社長に就任してから長い間、ある「呪縛」に苦しんでいました。
「社長ってこうだろうっていう見本みたいな方が多いですし、そういうところに相談に行くと叱咤激励をしていただける。当時はそれは奮い立つし、よっしゃっていう気持ちになってやるんですけど、そう長いこと続かない」
決断力を早く、精神力は強く。そんな「あるべき社長像」に向かわなければいけないという闘いを続けながら、大野さんは会社を経営していました。しかし、それは彼の本質とはかけ離れたものでした。
実は大野さんには、もう一つの顔がありました。90年代にニューヨークで2年間過ごし、多様な人々と共に暮らした経験。そして、障がいのある息子の父親として歩んできた道のり。しかし、それはプライベートなこと。経営とは「ごっちゃにしちゃいかん」と、自分に封印していたのです。
zenschoolとの出会い 白紙から始まった内面への旅
転機は2017年。知人の梶川社長(株式会社フジタ)の紹介で、zenschoolと出会います。梶川さんとの出会いも印象的でした。機械技術要素展で、偶然テレビで見たことのあるアルミ削り出しの欄間を発見。「この欄間見たことある」という一言から始まった縁でした。
しかし、zenschoolでの最初の体験は苦戦の連続。
「最終日に近いところまでは自分の本質というか自分の中に向き合うっていうことが結構苦手で」
初日のワクワクトレジャーハンティングチャートのワークでは、なんと白紙を提出。それほど、自分の内面と向き合うことに抵抗があったのです。
「白紙だったんですね」と大野さんは振り返ります。宇都宮さんに「そうじゃないですか?」と突っ込まれて、ようやく「そうなんだ」という気づきに至りました。
障がい者アートとの出会いが開いた新しい世界
zenschoolでのプロジェクトテーマは「障がい者の方のアートを工業製品と一緒にしたい」というもの。結局工業製品にはなりませんでしたが、このプロジェクトが大野さんの人生を大きく変えました。
アートを探して色んな福祉施設を回る中で、自由にモノづくりをしている人たち、好きなことをただやっている創造的な姿と出会ったのです。
印象的だったのは、京都のスウィングでの出会い。そこで目にした書「おれもあんたも弱い。」という作品と、理事長の言葉「弱さは強さとほぼ同義語である」が、大野さんの心に深く響きました。
「答えが見えないですからね。息子は今のままでいいわって思えたりとか、自分がすごい救われたっていうのがあって、どうしたらこういう空気感ができるんだろうっていうのをすごく感じた」
会社の静かな変革 「何も教えない、何もしない」の哲学
zenschool後、早川工業は静かな変革を遂げていきます。
25名の社員のうち5名(20%)が何らかの障がいの手帳を持つ方々。知的障がい、身体障がい、発達障がい、難病の方まで、多様なメンバーが共に働く場となりました。
「受け入れる体制とか勉強とか今は基本的にしてないですね。共にいるっていうことを大事にしていて」
大野さんは毎日のように発信型の社員の話を聞き、「ああ、そうですか」と受け止める。そんな自然体の関係性が、会社全体の空気を変えていきました。
昭和な社長室も変化。ポップアートやMoMAで購入した作品、福祉作業所の作品などが飾られ、本棚には『オープンダイアローグ』『縄文型ビジネス』といった本が並ぶように。図書カードまで作って、社員が自由に本を借りられる仕組みも導入しました。
新入社員への革新的アプローチ
特に注目すべきは、新入社員に対するアプローチ。大野さんはzenschoolで学んだワクワクトレジャーハンティングチャートを、新入社員との対話に活用していました。
「2日間缶詰でやったんですけど、1日目終わった時に『もやもやする~~』っていうのを言ってましたよ」
この対話を通じて、新入社員たちの本質的な部分を理解し、それを活かす場を提供。結果として、アクセサリーブランドの立ち上げや、アウトドアグッズの開発、音楽活動など、多様なプロジェクトが生まれていきました。
内面の変化が外の世界を変える体験
2020年初頭、大野さんはさらなる内面の探求を深めていました。由佐美加子さんの著書『メンタルモデル』を読み、家庭での関係性にも変化をもたらしていたのです。
「最近の話なんですけど、家の中ではそれこそ"しなければいけない"ことだと思ってるのが増えてたんですね。我慢したりしながら生きていくんですけど、外では呪縛から解き放たれたところに行っちゃって」
この二重生活のギャップに苦しんでいた大野さんでしたが、内省を深めることで家族との関係性にも変化が。
「ここ1~2週間で家の母親の反応とかが息子も含めてちょっと変わってきた。言葉そのものはあんまり変わらないにしても、向こうはそれを感じて怒って同じ言葉を言っても笑うみたいなことが起こって」
社長卒業、そして新たな探求の始まり

2020年12月には、大野さんは新たな挑戦を始めていました。社長という立場を卒業し、VRを使った対話の可能性を探求していたのです。
コロナ禍で家族の介護という制約もある中、VRという技術を通じて新しい形の対話を模索する大野さん。アバターを通した対話では、リアル以上に深い自己開示が起こることを発見していました。
「没入感みたいなものはありましたし、このヘッドセットを被って話をするというのに結構話しやすいなというのを私自身が感じた」
「表情が見えてくるっていうね。人形浄瑠璃エフェクト」と名付けられたこの現象に、新しい対話の可能性を見出していました。
「凸凹していることこそ美しい」世界への想い
大野さんが最後に語った未来への想いは、「在り方の未来」でした。
「凸凹していることこそ美しいっていう世界を作りたい。まずは自分の近くにいる人。その次はこの会社という集団の中、地域、日本、世界みたいな」
それは、自分の息子の存在、ニューヨークでマイノリティとして過ごした経験、そしてzenschoolでの学びが統合された、大野さんならではのビジョンでした。
この物語の続き
「こうあるべき」という呪縛から解放され、自分らしい道を歩み続ける大野さんの物語。ダイバーシティ経営の実践から、VRを使った対話の探求まで、その歩みは常に「自分の本質に従って生きる」という学びの延長線上にあります。
この物語の続き:大野雅孝さんの探求の旅の全編は、noteでご覧いただけます。彼がどのようにして自分自身と向き合い、会社を変革していったのか。そして家庭での関係性の変化、VRという新しい技術への挑戦まで、その詳細な対話の記録をお読みください。
前編:ダイバーシティ経営に邁進する岐阜の町工場経営者 早川工業での革新的な取り組みと、zenschoolでの白紙からの変容プロセス
後編:心の内側を見つめることで世界が変わる 『メンタルモデル』を通じた内面の探求と、家庭での関係性の変化
VR対談:社長を卒業・VR使った対話の達人を目指す 新しい技術を通じた対話の可能性と、次なる探求への歩み
















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