「美術館にお客さんが誰も来ない日のほうが多いんです」— 迷いながら歩む、対話が生み出す小さな奇跡
- 三木康司

- 9月15日
- 読了時間: 4分

営業赤字6000万円から始まった、ある問いかけ
2010年、リーマンショックの翌年。富山県高岡市にある町工場、株式会社フジタの社長になったばかりの梶川貴子さんは、一つの大きな問いを抱えていました。
「今やってる仕事を今後10年続けられるのかな?」
当時は赤字6000万円という厳しい状況。まずは3S活動から始めて、3年かけて黒字転換を果たしたものの、次の一歩がなかなか見えませんでした。そんな梶川さんが出会ったのが、zenschoolでした。
「何が咲くか分からない種を蒔く」
「授業の中で企画書をなんとか作らないといけなかったので、絞りだしたのが現在のFactory Art Museum Toyamaの原型なんです。ただ、作った当時は本当に形になるとは自分自身思っていませんでした」
梶川さんがzenschoolで取り出したアイデア。それは「まっ白で、シンとした空間。誰もいない美術館」でした。今思い返すと、驚くほど現在のミュージアムと一致しているのですが、当時はただの妄想のような企画書でした。
でも、私たちは学んでいます。「やりたいこと」というのは、最初はいつもそんなふうに曖昧で、実現不可能に思えるものなのかもしれません。
対話から生まれた、想像の斜め上をいく展開
テレビ東京「ガイアの夜明け」の密着取材、クラウドファンディングでの資金調達成功、そして2017年4月8日、Factory Art Museum Toyamaのオープン。一つひとつが偶然のように重なって、梶川さんの「妄想」は現実になりました。
オープンから1年後のインタビューで、梶川さんはこんなふうに語っています:
「毎日人がわんさか来るわけじゃなく、誰も来ない日のほうがまだまだ多いんです。でも、絶対ミュージアムをやってなかったら一生会うことがない人達が足を運んでくれる」
そしてその「場」から、哲学カフェが生まれ、クラシックコンサートが開催され、尺八のワークショップが企画される。製造業を超えた、新しいつながりが次々と生まれていきました。
「分からない」を受け入れる勇気
「分かんないです。分かんないけど夢中になって走ってたら結果ができたって感じです」
成功の秘訣を尋ねられた梶川さんの答えです。私たちは、この言葉にとても大切なメッセージを感じています。
現代は「答え」や「成功法則」があふれている時代です。でも本当に大切なのは、答えのない道を歩む勇気なのかもしれません。梶川さんの歩みは、「分からないまま始める」ことの価値を教えてくれます。
対話が育てる「場」の力
zenschool富山第1期のマスターとして、梶川さんは受講生を見守りながら、こんなことに気づきました:
「カチンってスイッチが合った人っていうのは、もう全然表情変わるんだなっていうのは分かりました。『あ、この瞬間なんだ』っていうような」
そして今も、Factory Art Museum Toyamaでは月1回の哲学カフェが開催されています。「哲学ファンが意外にいて、場を求めている」。遠くから1時間かけてやって来る人たちがいる。
私たちが学んでいることがあります。人は一人では自分の「やりたいこと」に気づけないことが多い。でも対話があると、誰かがそっと気づかせてくれる。安心できる場があれば、人は少しずつ仮面を外していく。
続く探求の物語
2025年現在も、梶川さんとフジタの探求は続いています。AIツールを活用した製造業の革新、地域のSDGsパートナーとしての活動、そして変わらずミュージアムでの様々な取り組み。
「海外から逆に注目されると『あれ?』って」。梶川さんが描いていた夢の一部は、きっと今も育ち続けているのでしょう。
あなたはどう感じますか?
梶川さんの物語を読んで、皆さんはどんなことを感じられましたか?
「やりたいこと」って、最初から明確である必要があるのでしょうか? 「分からない」まま歩き始めることに、どんな可能性があるのでしょうか? あなたの身の回りにも、対話を通じて何かが生まれそうな「場」はありますか?
私たちも、まだまだ探求の途中です。答えを持っているわけではありません。ただ、梶川さんのような先輩たちの歩みから、一緒に学び続けていけたらと思っています。
Factory Art Museum Toyamaは現在も様々なイベントを開催し、新しい出会いと対話の場を提供し続けています。梶川さんのように「分からないまま」でも歩き始めた時に、どんな物語が始まるのか。それは私たち一人ひとりが創っていく物語なのかもしれません。
















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