
第1章 絶望から始まった稽古
─ 2009年、二人はそれぞれ「問い」の中にいた ─

三木康司の話
富士通でキャリアを積み、慶應義塾大学大学院を経て、
ITベンチャーで役員を務めていた私(三木)は、
40代でリストラに遭いました。
外的な成功がいかに脆いものか。
すべてが崩れ去る経験は、心のバランスを壊すほどでした。
その絶望の中で始めたのが、毎朝の坐禅です。
誰かと比べるのでもなく、何かを達成するのでもない。
ただ静かに自分と向き合う。
坐禅を続けるうちに、頭を占領していた恐怖が薄れていきました。
そして心の奥から、事業のアイデアが湧き上がってきた。
私にとって坐禅は、失っていた自分の感覚を取り戻した、
最初の時間でした。
宇都宮茂の話
私(宇都宮)はスズキで18年間、生産技術職として働きました。
量産ラインから試作、原価企画から金型部門まで。
現場で身体を使い、ものを作り続けた日々でした。
しかし組織の論理の中で、次第に自分の感情に蓋をするようになっていた。
言葉を飲み込み、従ううちに、心が静かにすり減っていく。
「自分は、本当は何がしたいのか」
その問いを抱えたまま40歳になり、安定を手放すことを決めました。
現場での18年は、感覚に蓋をしながらも、
その感覚を手放せなかった時間でした。
当時はそう思っていなかったとしても。

坐禅から出発した三木と、現場から出発した宇都宮。
方法は違っても、二人はそれぞれの場所で
自分の内側と向き合う時間を持っていました。
そして2009年、同じITベンチャーでともにリストラを経験したことが、
enmonoの出発点となりました。
2009年11月11日。
一つの終わりから、始まりました。
第2章 挑戦する人のための場
─ 2011年、enmonoはここから始まった ─

enmonoという社名は、
「人のご縁で、モノづくりをする」という想いから生まれました。
最初に作ろうとした場は、
リーマンショック後に苦しむ中小製造業のためのものです。
大企業の下請け構造から抜け出せない町工場の経営者が、
自分たちの製品を世に問える場。
「マイクロモノづくり経営革新講座」。
SNS、3Dプリンター、クラウドファンディング。
当時登場し始めたばかりの道具を使い、
自分だけのオリジナルを生み出す方法を探求しました。
この取り組みは少しずつ広がり、
テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」でも紹介されました。
卒業生の中から、世界42カ国に届くヒット商品を生み出した人も現れました。
しかし活動を続けるうちに、私たちは次第に気づきました。
道具を使いこなせるようになった人たちが、
次に「何を作ればいいかわからない」という壁にぶつかる。
本当に大切なのは、何を作るかの前に——
何に心が動くのかを知ることではないか。
そこからenmonoの探求は、
外側から内側へと深まり始めました。
これが、16年にわたる探求の最初の転換点です。
第3章 内なる声を聞く場
─ 2014年、zenschoolへ ─

2014年、私たちは講座の名称を「zenschool」に変えました。
「何を作るか」を教える場から、
「何に心が動くのか」を自分で見つける場へ。
その本質的な転換を、言葉に刻む決断でした。
カリキュラムの中心に据えたのは、内省の実践です。
自分の人生を棚卸しし、
子どもの頃から積み重なってきた情熱の痕跡を辿る。
他者との対話の中で、自分では見えない自分に出会う。
知識を教えるのではなく、
参加者が自らの内側にある声を聞けるようになるための場。
zenschoolはその7ヶ月を通じた実践の場として生まれました。
「ウサギ」型の受講生は発表会では輝きますが、
情熱が続かずに立ち消えになることがあります。
一方「カメ」型の受講生は、口数は少なくても
一度着火した問いの炎が消えることがない。
私たちが確信したのは、
真の変化は外面的な器用さではなく、
内面的な探求の深さから生まれるということです。
第4章 鎌倉という場
─ 2019年、「環境」が哲学になる ─

2019年、私たちは拠点を東京・渋谷から鎌倉へ移しました。
この決断には、明確な理由がありました。
東京と鎌倉で同じ内容のワークショップを開催したとき、
参加者の反応がまるで違ったのです。
東京の参加者は、所属組織の肩書を背負い、
ファクトに基づいた型通りの思考から抜け出しにくかった。
鎌倉の参加者からは、
ビジネスになるかどうかは関係なく、
自分の内側から湧き出た「自分ごと」の問いが出てきました。
海、山、寺社、静かな時間。
都会のノイズから少し離れることで、
人は自分の感覚を取り戻しやすくなる。
「環境が学びを変える」ではなく、
「環境そのものが実践の一部である」。
そのことを、鎌倉に来て初めて確信しました。
和海庵スタジオは、単なる会場ではありません。
立ち止まり、問いを置き、自分自身と再接続するための場所です。
第5章 共鳴が起こる場
─ レゾナンスという発見 ─

場を作り続ける中で、もう一つの気づきがありました。
人は、説得では動かない。
管理でも動かない。
本当に深い変化は、共鳴から始まる。
自分の内側にある何かが、他者の何かと響き合う瞬間。
その瞬間に、人は動き出す。
「レゾナンスマーケティング」という考え方が生まれたのも、
この気づきからです。
売り込みではなく、共鳴からつながりを生み出す。
競争ではなく、共創から価値を育む。
そして、実践も同じです。
一人で内側を掘り下げるだけでは届かない場所に、
他者との対話や共鳴が連れて行ってくれることがある。
その実践は、
一人の修行ではなく、
他者との響き合いの中で深まるものでもあります。
第6章 The DOJO
─ ようやく見つかった名前 ─

2009年から2026年へ。
振り返ると、私たちはずっと一つのことをしてきました。
感覚を取り戻す場を作ること、です。
三木は坐禅の中で、失っていた感覚を取り戻した。
宇都宮は現場の中で、蓋をしてきた感覚と向き合った。
zenschoolは内なる声を聞くための場として生まれ、
鎌倉という環境が感覚を開き、
他者との対話と共鳴が問いを深めてきた。
その場の本質を、私たちはいくつもの言葉で呼んできました。
マイクロモノづくり。zenschool。True Innovation®。
レゾナンス。IKIGAI。共生紀。
しかし最近の対話の中で、ようやく一つの言葉が見えてきました。
DOJO(道場)。
道場とは、何かを教える場所ではありません。
感覚を取り戻し、問いを深め、自分を磨いていく場所です。
他者との実践を通じて、気づきを重ねていく場所です。
私たちはずっと道場を作り続けてきた。
ただ、その名前を知らなかっただけだったのかもしれません。

AIが進化するほど、人間は問い直されます。
何を知っているか。
何ができるか。
どれだけ速く答えを出せるか。
それらの価値は、AIによって大きく変わっていくでしょう。
だからこそ、これからの時代に大切になるのは——
何に心が動くのか。
誰と共鳴するのか。
どのように社会と関わるのか。
自分は何を大切にして生きるのか。
私たちはこれからの時代を「共生紀」と呼んでいます。
人と人。人と自然。人とAI。
それぞれが対立ではなく、共に生きる時代。
The DOJOは、その共生紀に向けて
問いを磨き続けるための場です。
私たちが大切にしている探求の地図
─ 十牛図 ─
「十牛図」は、牛を探す人の古い物語です。
zenschoolでは、牛を「あなた自身の情熱・問い」として
現代的に解釈しています。
この10段階のプロセスが、
7ヶ月のzenschoolで、そして卒業後の歩みの中で起きていきます。

第1段階 尋牛
「自分のやりたいことが何なのかわからない」
→ 冒頭リトリート:人生の棚卸しで手がかりを探す
第2段階 見跡
「自分探しの旅へ出る」
→ ワクワクトレジャーハンティング:忘れていた情熱の跡を発見
第3段階 見牛
「情熱の姿がうっすら見えてくる」
→ オンライン発表会:自分の価値の源泉が形を現す
第4段階 得牛
「情熱をつかもうと格闘する」
→ 月次フォローアップ:現実の形へと育てていく
第5段階 牧牛
「ついに情熱を掴まえた」
→ プロトタイピング:具体的な形にする挑戦
第6段階 騎牛帰家
「情熱を自由に操る」
→ 最終統合セッション:新しい自分として日常に戻る準備
第7段階 忘牛存人
「答えは最初から自分の中にあったと気づく」
→ 卒業後の気づき:外を探していたが、内にあった
第8段階 人牛俱忘
「情熱に夢中になり、フロー状態となる」
→ 事業や活動への没頭:情熱的な取り組みの中で
第9段階 返本還源
「予想を超える成果が生まれる」
→ SkyDrive、月面探査車など、想像を超えた結果
第10段階 入鄽垂手
「自然体で、人に伝えるようになる」
→ 卒業生が後輩を支援するコミュニティへ
私たちも、まだ探求の途中です
正直に言います。
私たちは「成功の方程式」も「正解」も持っていません。
三木も宇都宮も、それぞれの絶望や葛藤を経て、ここにいます。
完璧な答えを見つけたから教えているのではなく、
同じような問いを抱えて歩き続けているから、
あなたの気持ちがわかるのだと思っています。
私たちの役割は、
あなたが安心して自分と向き合える場を作ること。
そして、適切なタイミングで適切な問いを投げかけること。
それだけです。
福澤さんが空飛ぶクルマを作る会社を起業するとは、
思いもしませんでした。
梶川さんが工場を美術館にするとは、
想像できませんでした。
中島さんが月面探査車を実際に月面に届けるとは、
誰も予想していませんでした。
でも結果的に、みなさん「参加してよかった」と言ってくれています。
それが、私たちの確信の根拠です。


