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「小心者の大冒険」から始まった食べる瞑想への道のり

更新日:2 日前


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~Zen Eating代表 ももえさんの探求の物語~

私たちは誰しも、人生のどこかで道に迷うことがあります。成功の道筋が見えているようで、なぜかその一歩を踏み出せない瞬間。ももえさんもそんな迷いの中にいました。


外国人に和食を教える事業を立ち上げたいと思いながらも、半年以上も足踏みが続いていた2020年春。zenschoolとの出会いが、彼女の中で眠っていた「冒険」という言葉を呼び起こしました。


「高尚なマインドフルネス」から「小心者の大冒険」へ

「もっと高尚なマインドフルネスのプラットフォームを作りたい」——頭で考えた事業構想は、どこか他人事のような響きがありました。「それは社会に必要そう」という視点はあっても、「それを私がやるのか」という問いかけが抜け落ちていたのです。


zenschoolでの瞑想を通じて、子供の頃にワクワクしていたものを探っていく中で、思いがけない発見がありました。それが「冒険」というキーワードでした。


「冒険家です」なんて言ったことがなかった自分が、実はずっと冒険を続けてきたことに気づいたのです。インドでの突撃ホームステイも、日本の伝統食文化を再発見する活動も、すべて「小心者の大冒険」だった——そう名付けた瞬間、バラバラだった活動がスルスルとつながっていきました。


インドの悠久の時間から学んだこと

大学時代から惹かれ続けていたインド。2年間の移住生活では、水道も電気もない田舎で、見知らぬ家族のもとに突撃ホームステイをさせてもらいながら、料理を教わりました。


「なぜそんなに急いでいるのか理由はないんだけれど、日本にいるとなぜか焦る」——インドの悠久の時間の中で、日本で生き急いでいた自分に気づきました。この気づきが、後の「食べる瞑想」の原点となります。


山伏の祖父という不思議な縁

ももえさんの故郷は山形。そこには山伏修行を続ける祖父がいます。「変わった人で毒キノコとか食べられる山菜とか分かる人」——そんな祖父の山小屋での体験も、彼女の冒険心を育てた大切な要素でした。


インドの精神性と日本の山伏文化。一見異なるように見える二つの世界が、彼女の中で自然につながっていることに驚かされます。


瞑想挫折からの発見

実は「瞑想落第生」を自認するももえさん。継続に苦労した経験があったからこそ、日常に取り入れやすい「食べる瞑想」が生まれました。


「瞑想は特別な時間を取らないとできない」という思い込みを手放し、毎日必ず行う「食べる」という行為を瞑想の時間に変える——この発想の転換が、現在Google米国本社やマッキンゼーなど世界的企業で採用されるZenEatingの出発点でした。


30ヵ国2100名の心に響く普遍性

現在、ZenEatingは30ヵ国2100名の心の安らぎに貢献しています。2021年には著書『食べる瞑想ZenEatingのすすめ:世界が認めた幸せな食べ方』も出版され、その普遍的なメッセージが多くの人に届いています。


中央大学客員研究員としての研究活動や、比較思想をテーマにしたポッドキャストなど、活動の幅も広がり続けています。


問いかけとしての物語

ももえさんの歩みを振り返りながら、私たちはどんなことを感じるでしょうか。


頭で考えた「正しい」道ではなく、心の奥底で動き続けている小さな冒険心に耳を傾けることの大切さ。異なる文化や体験が、思わぬ形で自分の中で統合されていく不思議さ。そして、挫折や迷いの体験こそが、誰かの役に立つ独自の価値を生み出すということ。


皆さん自身の中にも、「小心者の大冒険」が眠っているのかもしれません。それは南極に行くような壮大なものでなくても、日常の小さな遊び心や好奇心から始まる探求かもしれません。


今も続く探求の道

「これから ZenEatingの書籍執筆中 ドキュメンタリー制作が近年の夢」と語るももえさん。探求の歩みは今も続いています。


彼女の物語は完結していません。むしろ、これからも新たな冒険と発見を重ねながら、さらに多くの人々と「食べる瞑想」の豊かさを分かち合っていくことでしょう。


私たちも、それぞれの「小心者の大冒険」を大切に育てながら、静かに、そして着実に歩んでいけるのかもしれません。


Zen Eating ウェブサイト:https://zen-eating.com/

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